2007年9月10日月曜日

クライスラーの引き抜き

クライスラー、社長はトヨタからレクサス成功させた“販売の鬼”が引き抜きに応じた理由2007年9月10日 月曜日David Welch (BusinessWeek誌デトロイト支局長)米国時間2007年9月6日更新 「Chrysler Helps Itself to Toyota Sales Star」 新生クライスラーのロバート・ナルデリ会長兼CEO(最高経営責任者)が、またやってくれた。ライバルのトヨタ自動車(TM)からジム・プレス北米トヨタ社長を引き抜いたのだ。販売・マーケティングで手腕を発揮し、トヨタの隆盛を支えてきた最重要人物である。 2001年、元クライスラー社長のロバート・ラッツ氏がライバルのゼネラル・モーターズ(GM)に移った時も大変な騒ぎになった。今回も、自動車業界には大きな衝撃が走っている。たった1カ月で2人のトヨタ幹部をゲット クライスラーがこの電撃移籍を発表したのは9月6日である。米ホームセンター大手ホーム・デポのCEOだったナルデリ氏が、クライスラーの会長兼CEOに就任したのは8月6日のことだ。 その1カ月の間に、ナルデリ氏は立て続けに2人の幹部をトヨタから引き抜いた。プレス氏を引き抜く前には、レクサス部門のマーケティング担当副社長デボラ・ウォール・メイヤー氏をトヨタから奪い取り、クライスラーの副社長兼CMO(最高マーケティング責任者)に据えている。 ナルデリ氏の動きは速い。クライスラーの新経営体制を固めるためなら、自動車業界の雄であるトヨタから人材をかっさらってくることに何の躊躇もないようだ。プレス氏はクライスラーの副会長兼社長に就く予定。既に製造部門を統括しているトム・ラソーダ氏とコンビを組んで、販売と製造の2頭体制を固める。ナルデリ氏が乗り込んでくるまで、ラソーダ氏はクライスラーのCEOだった。 「すごい大物を釣り上げたもんだ。どうせやるなら、最高クラスを狙った方がいい。ナルデリ氏は自分に何が足らなくて、何が必要なのかをよく知っているようだ」と、オートトレンドコンサルティング(ニュージャージー州)のジョゼフ・フィリッピ社長は言う。“プレス+ラソーダ体制”によって、クライスラーの「供給と需要」を完全に統制できるようになると、クライスラー広報担当のジェイソン・バインズ氏は説明している。 ナルデリ氏は、業界屈指の「販売の鬼」を手中に収めたと言える。トヨタの北米地域販売部門を長く指揮してきたプレス氏は、トヨタを大躍進させた立役者である。2000年に10%程度だったトヨタ車の北米シェアは今では16%にまで拡大。今年は米フォード・モーター(F)を抜いてシェア第2位に躍り出そうな勢いである。 プレス氏の下、レクサスは米国市場で高級ブランドのベストセラーになった。その一方で、斬新な「Scion(サイオン)」ブランドの立ち上げによって若年層市場に分けて入ることにも成功した。こうした実績が認められ、プレス氏は昨年、米国市場の販売と製造を統括する持ち株会社、北米トヨタ自動車の社長兼COO(最高執行責任者)に昇格したのである。現場の興奮、そして約束された莫大な報酬 それにしても、躍進するトヨタを去り、あえて、苦悩するクライスラーに移ったのはなぜなのだろうか。あるトヨタ関係者は匿名を条件にこう話す。「北米トヨタの社長まで登りつめたはいいが、彼にとっては退屈だったんじゃないかな。現場の興奮が忘れられなかったんだろう」。 極めて精力的で、常に何かに挑戦せずにはいられない――。プレス氏の人物評である。61歳になる今も続けている水泳は、若い者に負けない泳ぎっぷりだ。このトヨタ関係者が言うように、販売、マーケティング、製品企画の現場に戻って陣頭指揮を執りたかったということなのか。会社の“顔”として祭り上げられ、新モデルの企画や販売は部下に任せる毎日に飽き飽きしてしまったということなのか。 違う見方もできる。クライスラーは今や米買収ファンドのサーベラス・キャピタル・マネジメントの傘下にある株式非公開企業である。プレス氏のような優れた人材に、移籍の見返りとして自社株を供与することが容易になった。再建後のクライスラーが他社に売却されたり、再び株式が公開されるようになれば、莫大な富を手にすることが可能だ。現在こそ苦境にあるが、クライスラーの非公開株は業界の大物を口説き落とすためには強力な武器になるはずだ。ただし、クライスラーはプレス氏の報酬や待遇を公表していない。 トヨタにとっては、米国における最高の人材を失ったことになる。しかも、たった1カ月のうちに2人目である。落ち目のビッグ3であっても、いとも簡単に幹部が奪われてしまうことをトヨタは思い知った。 衝撃は大きい。だが、あのトヨタのことである、しばらくすれば何もなかったかのように平静を取り戻すだろう。キーマンはジェームズ・レンツ氏。北米トヨタの販売・マーケティング担当副社長である。昨年プレス氏が社長に昇格した時に部門を受け継いだ。プレス氏を失っても、その知識とノウハウはトヨタの中にしっかりと継承されている。クライスラーはトヨタ流に学べるか? 本気で学ばなければならないのは、もちろん、クライスラーの方である。 トヨタは、自動車販売会社から絶大な評価を得ている。それは、北米トヨタの幹部たちが販売会社に自ら足を運び、顧客が何を求めているのか、何を不満に思っているのかについて、真摯に耳を傾けているからだ。米国市場におけるトヨタの成功は、そうした地道な努力によって支えられてきた。 7月、ニューヨークに販売会社を集めた会議で、トヨタは「EM2プログラム」について説明した。自己満足という“大企業病”を根絶するために、経営幹部が先頭に立って取り組んでいく。販売会社の社長たちを前にそう宣言したのである。 (編集部注: EM2=Everything Matters Exponentially、すべては乗数的に重要になる) ニューヨーク州ブラーベルトから会議に出席した自動車販売会社経営、ニール・クーパーマン氏は、会場でプレス氏から声をかけられた。「何か改善できることはないかな、って聞いてくるんだ。北米担当の社長がだよ。ほかの自動車メーカーには真似ができないことだ」。 ほかの販売会社の経営者たちも、プレス氏は社交辞令でそんな質問をしていたわけではなかったと口を揃える。販売の最前線から何か情報をインプットすると、日本の本社の技術者たちがやって来て顧客がトヨタ車に何を求めているのかについて徹底的に調べていく。そういうことが、よくあるというのである。 クーパーマン氏は言う。 「トヨタには、外部の意見を聞き、自らを変えていく文化がある。プレス氏はそれを移植できるだろうか。それができればクライスラー復活は夢ではなくなる」2007 by The McGraw-Hill Companies, Inc. All rights reserved