2016年2月9日火曜日

読書紹介 森岡孝二『雇用身分社会』(岩波新書)

読書紹介 森岡孝二『雇用身分社会』(岩波新書)
                                                                    櫻井 善行
 本書はこれまでも企業社会論や株主オンブズマン、過労死学会や執筆などで精力的に活動している森岡孝二氏の近著である。本書の構成は序章 気がつけば日本は雇用身分社会、第1章 戦前の雇用身分制、第2章 派遣で戦前の働き方が復活 、第3章 パートは差別された雇用の代名詞、第4章 正社員の誕生と消滅、第5章 雇用身分社会と格差・貧困、第6章 政府は貧困の改善を怠った、終章 まともな働き方の実現に向けて から成り立っている。難解な用語もあるが、読むうちに周囲の具体的な事例が思い浮かび、気がついていたら最後まで読み終えていた。さほど読解も困難ではない本だと思える。
 本書の表題が「身分」というキーワードにこだわっているように、日本の過去の時代のでの労働者の階層化された姿を執拗に追いかけながら、現代社会の労働者の実態とつなげている。今思い起こすと日本社会は重要な転換点にたっているのではと思うことがある。それは政治の面でも社会の面でも経済の面でもである。(蛇足ながらポピュリズムが大きな顔を見せる意味では文化の面で元考えるが)21世紀になって日本社会のシステムが行き詰まり、現在の支配層の動きが「復古主義」的な側面を強調すると、表向きには前近代に向けてバックギアを切ったような錯覚に陥るかのようである。といってももう一方では「岩盤規制」をぶちこわす作業が多方面で進行しているとき、競争主義・市場原理による新自由主義的な施策の蔓延もまた見逃すことができない。現代日本の社会はこの2つの側面を統一的に捉える必要があろう。そのうえで本書は現代の労働者が正社員、契約社員、パート、派遣労働者など階層がいっそう細分化され、身分化されているというのが最も重要なメッセージだと思う。
 前半では「女工哀史」にみられる人間の尊厳を踏みにじるような戦前の工場労働から、現在の派遣労働者の拡大やパート労働者の受難、過酷な正社員の労働の実例が詳細に述べられている。後半では分断された労働市場の分解によって働くものが唯一の対抗手段であるべき団結・連帯・絆を行使することも困難にさせ、統治者がその不幸な労働者間の分断を労働政策・社会政策の側で補うのではなく、自己責任を強調してより差別化・階層化・貧困化に拍車をかけるかのような政策を追求する。
 第1章で、黎明期の日本の女子労働者らの酷い働かされ方を概観して、現代日本でもその酷い働かせ方が復活していることを指摘している。第2章・第3章・第4章では、派遣労働者、パート、正社員について、歴史的変遷と問題点を指摘している。第5章では、労働者の階層化が低所得層化と貧困化、若年層の中にも低賃金が増え、企業がリストラ・賃金の切り下げ・労働時間の延長など、利潤拡大の傾向が目につくこと指摘している。
 第6章では、労働分野の規制緩和政策にあたって、経済界の利益を優先し、近年の日本の相対的貧困率は高まることを示している。相対的貧困率は先進17か国中、アメリカの次で、日本の「所得再配分政策」が貧弱な結果だと指摘し、それでも政府は近年3度の生活保護基準の引き下げの強行を強烈に批判している。筆者は終章で、「雇用身分社会」から抜け出すための六つの方策を提言している。
 筆者は、「派遣労働者の酷い扱い」も労働現場での男女差別も、パートタイム労働者の低い時給も、日本が「世界で一番企業が活躍しやすい国」であることと「雇用身分社会」を結びつけている。階層化された労働者を「身分化」というとらえ方には、一方での岩盤規制を崩していくという新自由主義的規制緩和との関係をどう捉えるかということでやや違和感を感じるが、日本の労働者の酷い状態を再認識するには格好の書物である。
 筆者はこうした現状を打破する道として、至極まともな政策として「労働者派遣制度の見直」「非正規雇用を減らす」「雇用労働条件の規制緩和を止める」「最低賃金の引き上げ」「8時間労働制の確立」「賃金の男女差別をなくす」の6点を提言している。
  もちろん、現在の安倍政権がこうしたもともな政策を素直に受け入れるとはまずあり得ないであろう。彼らは労働者分断し、競争原理で煽り、その先にあたかも働くものの幸せな世界が待っているかの幻想を振りまいている。これは労働者国民にとって不幸であり災いである。また現在の日本の労使関係における著しい力関係の偏り、さらには労働者の尊厳と生活と権利を守るための労働組合運動の組織と運動が圧倒的に少数であるという現実からどう歩を進めるかということはわれわれに与えられた課題ではあるとは思う。もちろん筆者も、1975年をピークに日本では労働争議が激減し、もはや日本は先進国ではストライキが無くなった珍しい国であることを揶揄していている。それは労働組合運動への励ましだとも受け取れるが。とはいえ、現状認識を深め、活用していくためには読んでいただきたい一冊の本である。
                                さくらい よしゆき